今年1月、マムダニさんがニューヨークのあらたな市長に就任した。選挙公約に、無償保育サービス、無料バス、家賃凍結、市営スーパー、不平等とのたたかいおよび労働者支援、富裕層への課税による住民支援、手頃な価格の住宅、行政に対する取りくみなどを、彼はあげた。家賃の凍結や市営スーパーは市長の権限で実現可能なようで、すでに約100万戸のアパートの家賃は最長2年間凍結されることになった。
個人的には、公約の無料バスというのも全くラジカルなことではないと思う。なぜならルクセンブルクは無料だから。公共交通は完全無料です——と空港にも表示されている。観光客向けに別料金を取るということもない。ルクセンブルクにできることが、ニューヨーク市にできないはずはない。政策財源は富裕層への増税で確保できる。
無料化(2021年3月)になるずっと前に車を手放したので、この世界初の導入に関してはすこし半信半疑だった。ところがこの恩恵を実感するのに、時間はかからなかった。
国内至るところ、どこまで乗っても、どれだけ乗っても、タダ。通勤・通学・通院・行楽、いずれも、タダ。鉄道、バス、トラム(路面電車)の2等利用は全部タダ。鉄道以外、1等車はない。行く目的地や状況によって、交通手段の使い分けもできる。突然、雨が降りだせば、自転車は車両に持ちこめばよい。プチ・スイス (Mullerthal) にも駅から約1時間ほどで行ける。
フランス、ベルギー、ドイツに行くにも、越境移動費と隣国での交通費だけを追加すればよい。カール・マルクスの生誕地のTrierも50分ほどで着く。あそこには美味しいビストロがある。タダだと行動範囲は広がるし、気持ちの活動範囲は広がる。
自家用車が要らないということは、駐車場、車の保険料、交通渋滞、スピード違反の心配はない。環境にも良い。予定時間通りに公共交通で着けるので、定刻に遅れないように前日からホテルに泊まったりする必要もない。猛暑でもクーラーなし・すし詰めで窒息しそうなロンドンの地下鉄や、延々と遅れたあげくにお金を取られる踏んだり蹴ったりのドイツ鉄道の事情を知っているからこそ、よけいにありがたい。高騰化するガソリン代のニュースを耳にするたびに、無料化のありがたみは増す。
もちろんルクセンブルクにも、住宅価格の高騰や物価高による生活の問題はある。EU機関や議会前で抗議活動もたまにある。他国よりも住宅取得が難しいにも関わらず、フランスやベルギーやイタリアの抗議デモのような激しさはなく、生活は安定している。むろんデモが暴徒化して、破局的な騒乱や放火になることもない。学習環境なども、劣悪なフランスなどとは比べものにならない。公共サービスが、ルクセンブルクの生活を安定させていることがわかる。
日本のように交通の運賃負担率が高い国で無料化が進めば、その分、食費にも教育費にもなるし、遠出をして見聞を広めることもできる。いろいろと考え、遊び、楽しむことは増える。別の言い方をすれば、公共交通の無料化は生活の質を上げ、格差に対する人々の怒りを抑えうる。小さなことが大きく良いことに変わる。無料公共交通は、あって当然の権利ですよ。
追記
ニューヨークとルクセンブルクには共通点がある。その一つは多言語であること。多言語で地元のニュースが読める。自国では報道されなかった不都合なニュースを隣国のメディアが報道し検証するのを、ルクセンブルクに住んで知るようになった。
海を渡って大量に移民がおしよせるニュースを見ると、生活苦と格差/不平等の怒りが富裕者や政府に対してではなく、移民に向けられるのがわかる。このたぐいの映像を極右政党は武器として政治利用し、生活不安を排外主義であおぎながら移民問題と財政の健全化を優先事項として大躍進してきた。何かにつけマッチョなことをいうので、たより甲斐がある気がするのだろう。彼らは単なる扇動的な事大主義。要するにニュース・メディアのオーナーはビリオネアだから、やりたい放題やるには極右政権の方がたいへん都合がよい。
なので未来が心配でならない若者たちの怒りは、よくわかる。でも破壊はすぐ簡単にできるが、壊したものをつくり直すのには膨大なお金と時間とエネルギーがいる。ぶっ壊さないで、良きものをコツコツと創り、生みだしている大人たちを見つけだしてほしい。




