要警戒 「ベーシック・インカム論」

コロナウイルス第二波の影響は、専門家たちの予想以上に大きいのではないでしょうか。この緊急対策としてベーシック・インカム論がぶり返し、フィンランドや、オランダ、イタリア、ドイツなどの国々や限定地域で行われてきたベーシック・インカム (BI) 制度を導入する社会実験が、より現実味をおびてきました。

そんな折、日本でも竹中平蔵さんが月7万円のベーシック・インカム論を紹介したようです。これは危ないとすぐに感じました。それにしても、ベーシック・インカムや社会的共通資本や福祉について常々考える人たちがいる世の中で、常に自分の儲けを追い求める人たちもいるのだなあと感心しています。それを証するように、世界の大富豪たちの所得はコロナ禍で飛躍的に伸びているではありませんか。

この分野の専門家でロンドン大学教授・経済学者のガイ・スタンディング (Guy Standing ) は、年齢や性別、婚姻状態、就労状態、就労歴などに関係なく、すべての個人に一律で最低限の生活費を支給する制度をユニバーサル・ベーシック・インカムと定義しています。

“[A] basic income can be defined as a modest amount of money paid unconditionally to individuals on a regular basis (for example, monthly). It is often called a universal basic income (UBI) because it is intended to be paid to all.”

Guy Standing. Basic Income: And How We Can Make It Happen. Pelican Books, 2017, P. 3.

ですから定義はいろいろありますが。竹中さんの説はBIとは見なされないのです。

1)「所得制限」があり所得が一定以上の人は、「後で返す」

条件や制限がある時点で、BIとは定義されないですね。

2)今受けている生活保護や年金もなくす。不要になる

福祉や公的支援は「人権」であって、竹中さんたちが思い描くような「商品」ではありません。

3)竹中さんは派遣会社パソナ会長

お忙しいにもかかわらず職務を兼任されていますが。彼は利害関係者であり、政策決定に(しかも社会保障政策に!)関与するべきではありません。

4)「自己責任」でなく「政府の失敗」で貧乏人になった

政府・社会のせいなのに、自己責任にすり替えるのは、ネオリベたちの詭弁ですね。近年の子どもたちの貧困化問題の原因を、「自己責任」とは言いません。

5)「自己責任」は日本独自のお家芸ではない

社会保障や安心・安全さえも民営化しようするのがネオリベで、竹中さんのようなネオリベがよく使い回す概念が自己責任です。哲学者のYascha Mounkによると、「自己責任」は日本に限られたものではありません。英米はもちろん、ドイツ、オーストリア、フランス、イタリア、ポーランドも、何かというと「自己責任」で済ませてきたようです。

“Nor is this an exclusively Anglo-Saxon story. The invocation of various linguistic equivalents of responsibility has played an increasingly important role in the political discourse of most countries on the European continent as well. German and Austrian politicians now habitually talk of “Eigenverantwortung,” the French debate ‘responsabilité individuelle,” Italians “responsibilità individuale,” and Poles the need for “odpowiedzialność osobista.”

The Age of Responsibility (Cambridge: Harvard University Press, 2017, p. 36)

6)economyの語源であるoiconomia(オイコノミア)とchrematistics(クレマティスティクス)の違いに注目

経済学・オイコノミアの原点は倫理学です。竹中さんは学者を名乗っていますが、経済学というよりは、もともと近視眼的に目の前の利益を際限なく追いもとめる後者で、倫理的思考に無縁な「今だけ、金だけ、自分だけ」の政商、昔なら御用商人と呼ばれた人ではないでしょうか。

7)「貧しくなる自由」

若者には「貧しくなる自由がある」と竹中さんは、過去に発言されています。貧しさを、魅力的な「自由」という概念と結びつけていますが、自由というのは他に「選択」や「余地」がある時に指すものであって、「余儀なく貧しくなる」ことを、「自由」とは言いません。

8)過去の疑義

「市場と権力」佐々木実 著講談社2014年81頁より。

「じつは伊藤[隆敏]と竹中は一橋大学経済学部の同級生だった。伊藤は当時一橋大学に勤務していたから、竹中が博士号審査で落とされた経緯を側聞していたはずである。
    浜田[宏一]、伊藤が皮肉まじりの文章で批判したのは、経済学者としての土台を築かないまま政治に参画しようとする姿勢に疑問を感じたからだろう」論文の剽窃さわぎ、ある公認会計士の謎の死、郵政民営化などなど、竹中さんの過去の言動もお忘れなく。

9)ショック療法で短時間でやる必要がある

竹中さんたちの究極の目標は様々なコストの削減や弱者切り捨てで、まずは社会保障費の削減でしょうか。ゆくゆくはこれらをすべて無くして、戦後直後のようにしたいのではないでしょうか。

ベイシック・インカムという用語で弱者に優しい印象を作っているつもりでしょうが、実際は弱者冷遇。身内・金持ち優遇。最近の日本を遠くから眺めていると、日本の有名人は嘘をつくのがうまくなったとは思えないですが、嘘をつくのはやすやすと簡単になったとは思います。

ベーシック・インカムで、竹中さんとは対象的な宇沢弘文さんや戦後、GHQ憲法草案制定会議で唯一の女性メンバーとして日本国憲法の人権条項作成に関わったベアテ・シロタ・ゴードン (Beate Sirota Gordon) のことを考えていました。特にゴードンさんは家財道具のように扱われる日本の女性や子供たちへの人権侵害を問題視し、19〜25条は特に大事ですと上司を説き伏せ憲法にして残してくれました。そうした経緯を経て、何とかして欧米に追いつこうと福祉を充実させてきた日本の福祉国家の歴史を、今一度思い出してほしいですね。

写真は、近年ブリュッセルで見かけた「また年金が減るの?」という張り出し。

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